英語を学ぶことにはいかなる意味があるのか考えてみる

Pocket
LINEで送る

英語の勉強方についての連載を継続するにあたり、一度「英語を学ぶ意義」について、少し考えてみたいと思います。

我々は何故、英語を学ぶのか。大変なのに。

創造力がない人ほど英語を勉強する?

1つ興味深い記事を見つけたのでご紹介します。

創造力が低い人ほど、英語を勉強する。楽天の「重要なこで日本語で失礼します」は最高のギャグ。

タイトルからして少し「飛んでいる」という感じの記事で、中身も炎上系のように思われますが、
読んでみるといろいろと考えさせられる要素を含んでいます。
1文を引用します。

英語はただ暗記するだけの科目なため、得意科目を聞かれて、「英語」と答える人は、自分は物覚えがいいだけのバカだと自覚すべきで、現代では創造力がない人ほど、英語を勉強すると述べています。

果たしてこれは真理でしょうか。

https---www.pakutaso.com-assets_c-2015-06-NAT86_eijishinbuntochoko-thumb-1000xauto-16785
直感的には違うと感じますが、即座に理論立てて反論できる人はどれだけいるでしょうか。
私も少し考え込みました。

確かに、英語は基本的に暗記科目と言えます。英語のテストでものをいうのは暗記力で、数学の様にその場の発想でテストを切り抜けることはできません。
では英語は数学に劣るのでしょうか。

記事の中で筆者は「日本人の9割には英語の学習は必要無い」と述べています。

スポンサーリンク

筆者の事情

私は暗記科目が苦手でした。数学は得意だが英語は苦手。国語は好きだが漢字は嫌い。
そんな訳で社会人になっても何かと理由をつけて英語を避けてきました。
幸いにして様々なピンチ(あるいはチャンス)をうまくすり抜け、最近まで英語は必要のない生活をしていました。

しかし、状況は突如変化します。

IT業界に身を置くと、身の回りに英語の気配が急増しました。
仕事関連のお付き合いの中には外資系のIT企業もあり、英語が日常的に飛び交っていました。

「通訳してもらえば良いんだよ」とか「日本に来たら日本語を話せばいいじゃん」と思っていた筆者の認識は、瞬間的に吹き飛びます。

https---www.pakutaso.com-assets_c-2015-08-0I9A114915030133prezen-thumb-1000xauto-18949

言葉が通じず議論ができない相手を人は対等とはみなしません。
英語が主流の場では英語が話せるべきなのです。

逆もしかりで、日本語が主流の場では日本語が話せるべき、でしょう。

英会話学習を通じて知る「知性の所在」

このサイトでも紹介しています通り、最近筆者は仕事上英会話を学ぶ必要に迫られ、費用が安く、また柔軟に受講できることからオンライン英会話を利用しています。

片言の英語での会話によって、ある奇妙なことに気が付きます。
それは、

「英語での会話中は精神年齢が下がる」

ということとです。

人間は頭の中で言語で思考します。
もちろん無意識の領域や、感覚的に知覚するような「思考」もあると思いますが、
基本的には言語をベースにものを考えています。

従って語彙は思考の重要なベースといえ、「知らない言葉を使って考えることは不可能」ということを考慮すると、

その人の中の語彙=知性の幅

とも言えます。

英語で会話をすると、「日本語で作文して英訳して言葉にする」という作業が間に合いません。(少なくとも筆者の場合)
自然と英語で考えて喋る、ということを行っています。
そうすると、使える英語の単語の数が、その時の知性になります。
今の時点では私が使える英単語は少ないので、従って知性も低くなります。(要するに幼稚になります)

母国語ではない言葉を学ぶと、例えばこのように発音する以外の言葉の価値を見出すことが出来ます。

英会話を学習し始めて以降、私の場合ですが、日本語に対してもより注意深くなったと思います。

英語を自由に操る日本人を見ると非常に知的に見えますが、それは英語を喋るというイメージ的なことだけではなく、
2つの言語を操ることによる語彙=知性の拡張が影響しているのかもしれません。

まず日本語が大事 その上で第二言語の習得には価値がある

話を少し戻して、多くの人にとって英語は学ぶ価値が無いのでしょうか。

確かに仕事を含めた生活上、英語が必要ではない人は多いでしょう。
まずは日本語をしっかりと学ぶべきと筆者も思います。

しかし、「得意科目が英語というのは物覚えが良いだけのバカ」というのは暴論だと思います。(多分。筆者はまだ英語を自由には操れないので断定することが出来ない。)

9割の日本人にとって「英語の学習は必要ではない」というのはある程度真実ですが、
「生きていくのに必須ではないが、学ぶことには相応の価値がある」というべきです。

英語を学ぶことは決して無価値ではありません。
もちろん英語を学ぶことがすなわちそのまま人生の豊かさに直結したり、日本の国力を高めたりするわけではありませんが、
ほとんど全ての学習がそうであるように、そこから得たものは人生の豊かさを実現する要素の一つになる、可能性があります。

英語が苦手は筆者は「英語なんて学ばなくて良いんだよ」と言われれば信じたくなりますが、
恐らくそれは筆者のような怠け者を惹きつけるだけの言葉です。

この記事を最後までお読みいただいた方には、是非諦めずに惑わされずに英語を学んでいただきたいと思います。
頑張りましょう!

スポンサーリンク

この記事をシェアする
Pocket
LINEで送る